爆発の翌日 ― 私は何を失ったと思ったのか
昨日、回ってた。
渦が立って、言葉が勝手に出て、頭の中でストーリーが走って、身体の奥が熱い。あの感じ。スイッチが入った瞬間の、あの気持ちよさ。胸の奥がキュッとして、そこから下腹に火が落ちて、世界が「動く側」に切り替わる。
私はこの状態が好きだ。好きというより、これが私の生きてる実感に近い。
前はもっと極端だった。
アイデアが止まらなくて、夜中も寝ずにAIと喋って、話を生成して、読んで、また浮かんで、割り込んで、次の話を書かせて、さらに燃える。寝ないのに疲れない。むしろ燃えながら回復する。火が火を呼ぶみたいに。
でも今日は、少し落ち着いた。
昨日ほどの熱はない。渦の回転数が下がった。静か。落ち着いてるとも言えるし、物足りないとも言える。私はここで一瞬、焦る。
あれ?
火、消えた?
止まった?
私、もう終わり?
この反射、厄介なくせに正直だ。落ち着いた自分を「健康」や「安定」として喜ぶより先に、「爆発してない私は価値がないかも」に直行する。
ここが私の癖なんだと思う。
爆発がないと不安になる理由
爆発してる時って、迷いが消える。
何が正しいとか、どう見られるとか、できるかできないかとか、そういう思考が薄まる。火があると、行動が先に出る。読まれるかどうかより、書きたい。整ってるかどうかより、動かしたい。とにかく前に進む。前に進んでる感じがある。
だから爆発は「安心」でもある。
変な言い方だけど、爆発してる時の私は不安が少ない。
不安がないというより、不安の声が火に焼かれて小さくなる。
逆に、火が落ち着くと、不安が浮上する。
私はちゃんと進んでる?
私は大丈夫?
私は今、止まってない?
静けさは優しいはずなのに、私の中では「停止」の匂いがする。止まると火が消える。火が消えると私は動けない。動けない私は、いろいろなものを失っていく。そういう記憶が身体に染みてる。
だから私は、落ち着きが来ると焦る。
落ち着きの中に、停滞の影を見てしまう。
爆発=自分の価値だった?
もっと奥を言うと、爆発している私が好きだった。
爆発してる私は、強い。
言葉が出る。決められる。動ける。人と話せる。声が大きくなる。仕事も速い。手が止まらない。発想が止まらない。自分が自分の中心にいる感じがする。
その状態にいると、私は自分を信じられる。
だから無意識に、こういう等式ができる。
爆発してる=私は良い
爆発してない=私はダメ
これ、かなり強い思い込み。
そしてこの思い込みは、私を前に進めてもくれるけど、同時に私を苦しくもする。だって、毎日爆発できるわけじゃない。爆発は気持ちいいけど、爆発のまま生きると燃え尽きる。現実の生活がある。仕事がある。睡眠も必要になる。身体も波がある。
なのに「爆発してない私は価値がない」を握っていると、落ち着くたびに自分を否定することになる。
落ち着いた日こそ、価値があるのに。
整ってる日、穏やかな日、静かな日。そういう日を「何もしてない」に変換して、勝手に自分の点数を下げる。
それがいちばんもったいない。
でも今回、違う
今日の落ち着きは、ゼロじゃない。
火が消えた感覚じゃなくて、火が「奥に入った」感覚に近い。
昨日の爆発の余熱が、胸の上じゃなくて腹に残ってる。派手に燃えてないのに、芯が温かい。渦が止まったんじゃなくて、回転が整っただけ。
この違い、今の私は分かる。
前の私は、爆発したら上に上がりすぎて、頭で回しすぎて、のぼせて、現実で物を落としたりミスしたり、注意力が散ったりしてた。上の渦は速い。強い。気持ちいい。でも飲まれる。
腹の渦は違う。
静か。重い。安定する。自分が巻き込まれない。
昨日の回転は、たぶん腹に落ちてた。
だから今日は「落ち着いた」だけで、「消えた」じゃない。
私はこの違いを覚えたい。
爆発の翌日に、焦らない。
焦りそうになったら、焦りを腹に落とす。
焦りを愚痴で外に漏らさない。
焦りを「また回せる」に変える。
持続火に移行している可能性
爆発は快感。
だけど爆発は、持続じゃない。
爆発は「燃やす」。
持続火は「育てる」。
命って、どっちが得意なんだろう。
私は感覚的に知ってる。命は、持続火が好きだ。大きい花火より、毎日灯ってる火の方に寄ってくる。
私はずっと、爆発=命、みたいに感じてた。
でも今は、爆発は点火で、持続火が本番なんじゃないかって思う。
爆発は起動。
持続火は運転。
爆発の気持ちよさは、確かにある。私の好きな熱。推しのライブで感じる熱。創作でゾクゾクする熱。妊娠や命をテーマにした時に腹が動く熱。あれは間違いなく私の燃料。
ただ、燃料を一気に燃やし切る癖がある。
一晩で全部使う。
そのあと、急に冷める。
そして「やっぱ私ダメだ」に戻る。
このループ、そろそろ終わらせたい。
持続火って、地味に見える。
でも実は、いちばん強い。
地味だからこそ、消えない。
誰にも見えなくても、腹の中で燃えてる。
私は今、たぶんそこに移行しはじめてる。
爆発しない日も、火がある。
火がある日も、上に上げずに腹に入れる。
渦を回す場所を頭から腹に戻す。
この練習を続けたら、私は「爆発してない日」でも自分を信じられるようになる。
爆発の気持ちよさを手放さないまま、燃え尽きない
私は爆発が好きだ。
これは変えなくていい。
ただ、爆発を「価値」にしない。
爆発を「起動」にする。
起動したら、腹に落として、持続火にする。
派手に燃える日と、静かに燃える日を分けない。
どっちも火だと認める。
そして私は、止まることで消えるんじゃなくて、腹に落とすことで残せるんだって覚える。
止まると火が消えるんじゃない。
上で回すと火が散るだけ。
腹で回せば、火は残る。
昨日回転して、今日は落ち着いた。
それは、終わりじゃなくて、着地。
私の渦は、今、腹にいる。
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